名誉感情の侵害は罪になる?名誉毀損との違いや法的措置を徹底解説!
インターネットやSNS上で誰もが自由に発言できるようになったデジタル時代。安易に発信した言葉があっという間に拡散され、他人の人格権を侵害するリスクが無視できなくなっています。
2024年2月、最高裁はX(旧Twitter)で他人を中傷する投稿に「いいね」を押したことが不法行為に当たるとして、衆議院議員に賠償を命ずる判決を下しました。自ら発言しなくても、投稿に「いいね」を連発することが侮辱になると判断された初めての事例となります。
誰もが気軽に投稿・閲覧できるからこそ、SNS上での振る舞いには特に慎重になるべきです。知らないうちに名誉感情を侵害していたり、あるいはされたりということがあり得ます。
では、どの程度の名誉感情の侵害が法的に問題になるのでしょうか。名誉感情の侵害をめぐるトラブルに巻き込まれた場合、どのような対応を取ることができるのでしょうか。
この記事では、名誉毀損との違いや名誉感情の侵害の成立要件について解説します。
過去の判例を参考に、取れる法的措置についても見ていきましょう。
名誉感情の侵害とは?
名誉感情の侵害は「侮辱」とも表現される人格権侵害の一つです。名誉毀損とまでは言えないものの、相手の言動によって精神的な苦痛を受けたような場合を指します。
名誉感情の侵害には、「死ね」「あほ」などと直接罵倒されるケースのほか、SNSやブログ上で中傷を受けたケースが含まれます。
名誉感情の侵害で問題になるのは、いわゆる「プライド」です。他人の言動によって、自分の価値が傷つけられたと自分自身が感じることを指します。
例えば、「ばか」「あほ」などの悪口は、社会的な評価を下げる言葉とは言いにくいですが、それによって自尊心を傷つけられたと感じる人は少なくないでしょう。名誉感情は個人差が大きく、プライドが高い人や傷つきやすい人ほど敏感に感じ取るものです。
他人と関わる上で、こうした名誉感情の侵害は容易く起こり得ます。しかし、少し傷ついたからと言ってすぐに「名誉感情の侵害」を持ち出してしまうと、かなり生きにくい世の中になってしまいます。
このため、一般的に許容できる範囲であれば「我慢しましょう」「話し合いで解決しましょう」というのが通常の考え方です。
ただし、人格権を侵害するほど著しい侮辱を受けた場合には、法的な問題となり得ます。
名誉感情の侵害が一定程度を超える場合、民法上の不法行為として扱われることがあります。つまり、法的保護の対象とされ、発信者情報の開示を求めたり、損害賠償や慰謝料を請求したりすることが可能となります。
ただし、名誉感情を侵害されたからと言って、すべて法的保護の対象になるわけではないのは前述の通りです。
通常、民法上及び刑法上の法的保護を受けるのは「外部的名誉」とされています。社会的な評価が判断基準となり、この外部的な名誉が低下したかどうかが名誉毀損の成立要件の一つです。
一方、名誉感情は「主観的名誉」とされ、いわゆるプライドを指します。しかし、「プライドを傷つけられた」という理由だけで損害賠償や慰謝料の請求ができてしまうと、相手に多大な負担を強いることになり、不合理です。
そこで、裁判所は名誉感情を法的に保護する基準を設けています。それが「社会通念上許容される限度を超えているか否か」です。具体的な成立要件については「名誉感情の侵害の成立要件」で後述します。
名誉感情の侵害と名誉毀損の違い
名誉感情の侵害と共に取り上げられることが多い問題に名誉毀損があります。
似たような言葉なので同一だと勘違いされることがありますが、全く別のものです。
民法上の名誉感情の侵害と名誉毀損、または刑法上の侮辱罪と名誉毀損罪の違いとしては、主に次の5つが挙げられます。
- 「名誉」が指す意味の違い
- 「公然性」が問題となるか
- 「事実の摘示」の有無
- 「同定可能性」の判断基準
- 名誉回復の方法の違い
いずれも民法上あるいは刑法上の成立要件に関わる重要な内容です。以下、それぞれの内容について詳しく解説します。
前述したように、名誉感情の侵害と名誉毀損では「名誉」の意味に大きな違いがあります。
名誉感情の侵害 | 主観的な評価を侵害すること |
名誉毀損 | 客観的・社会的な評価を低下させること ※企業(法人)に対する評価も含まれる |
主観的な評価とは「自分が自分の価値をどう捉えているか」ということ。一方、客観的・社会的評価とは「他者(社会)が自分の価値をどう捉えているか」を指します。民法上の名誉毀損のほか、刑法上の名誉毀損罪・侮辱罪も後者の意味を持ちます。
例えば、「〇〇はブスで性格が悪い」という投稿は主観的な評価を下げるかもしれませんが、客観的・社会的な評価を低下させるものとは言いにくいでしょう。この場合、名誉毀損を訴えることは難しく、名誉感情の侵害の程度を争うことになります。
なお、名誉毀損は企業(法人)が対象になることもあります。法人も客観的・社会的な評価を受けており、評価を失うことで損害を被る可能性があるためです。
名誉感情の侵害は自分だけが知っている状態でも成立しますが、名誉毀損は不特定多数の人が知る状況にあるかどうかが問題となります。これを「公然性」と言います。
名誉感情の侵害 | 他者が知り得る状態でなくても良い |
名誉毀損 | 不特定多数が知り得る状態の必要がある |
前述のように、名誉毀損は客観的・社会的な評価を低下させることです。不特定多数が知り得る状態でなければ、社会的な評価が下がることは考えられません。
特に、刑法上の名誉毀損罪では構成要件として「公然性」が明文化されています。民法上の名誉毀損には明文はありませんが、公然性が必要だと解釈されています。
なお、刑法上の侮辱罪においても公然性が必要となります。
つまり、公然性がない場合、名誉感情の侵害以外を主張することはできません。
「事実の摘示」は主に刑法上の名誉毀損罪と侮辱罪で問題となります。名誉毀損罪には事実の摘示が必要ですが、侮辱罪には必要ありません。
刑法 | 名誉毀損罪 | 事実の摘示を要する |
侮辱罪 | 事実の摘示を要しない | |
民法 | 名誉毀損 | 事実のみならず、意見や批評も対象 |
事実の摘示とは具体的な事実を示すことです。ここで言う事実は真偽を問いません。たとえ嘘であっても、何らかの事実を挙げていれば「事実の摘示」があると言えます。
例えば、「〇〇の会社では違法労働をさせている」という投稿は事実を示しています。一方、「〇〇の料理はまずい」という投稿は主観的な評価にとどまり、事実の摘示とは言えません。後者の場合は侮辱罪を検討することになります。
なお、民法上の名誉毀損は「事実」だけでなく、主観的な意見や批評であっても、社会的な評価の低下につながれば成立します。先に挙げた例では、「〇〇の会社では違法労働をさせている」「〇〇の料理はまずい」のどちらも名誉毀損となる可能性があります。
名誉感情の侵害にはこうした要件はなく、自分の評価を下げられたと感じることが最重要とされます。
このため事実や意見を示さない誹謗中傷であっても、名誉感情の侵害となり得ます。
インターネット上では不特定多数が閲覧・投稿できる仕組みとなっているため、誹謗中傷の対象者が分かりづらいケースが考えられます。そこで問題となるのが「同定可能性」です。
名誉感情の侵害 | 自己に対する誹謗中傷だと認識していれば良い |
名誉毀損 | 第三者が誹謗中傷の対象者を特定できる必要がある |
「同定可能性」とは誹謗中傷の投稿が誰に当てたものか特定できることを指します。ハンドルネームや伏せ字を使っていても、第三者から見て対象者を特定できれば、同定可能性が認められます。
特に、名誉毀損は個人や法人の客観的・社会的評価を低下させる言動が対象となるため、問題の投稿が「自分」を指していると一般人にもわかることが必要です。
他方、名誉感情の侵害では、同定可能性は問題にならないと解釈されています。名誉感情は個人の捉え方が重要であり、本人が「自分を対象としている」と受け止めていれば成立するためです。
名誉感情の侵害と名誉毀損では「名誉」の意味が異なるため、名誉回復の方法についても違いがあります。
名誉感情の侵害 | 主に金銭的な賠償(慰謝料)を求める |
名誉毀損 | 金銭的な賠償に加え、謝罪広告を求めることができる |
名誉感情の侵害は、自分自身の主観的な評価を低下させることであり、その回復方法としては慰謝料など金銭的な賠償が望ましいとされています。
一方、名誉毀損は他者からの客観的・社会的な評価を傷つけることであり、金銭的な賠償だけでは回復できない可能性があります。このため、少しでも名誉の回復を図るべく、謝罪広告などの回復措置を求めることが可能です。
過去には名誉毀損の回復措置として損害賠償と謝罪広告の掲載を命じた判例があります。謝罪広告は通常、名誉毀損が行われた媒体に掲載されます。
名誉感情の侵害の成立要件
最高裁は名誉感情の侵害が不法行為となるには「社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認められる(最判平成22年4月13日)」必要があると判示しています。名誉毀損とは明確に区別され、よりシンプルな判断基準が採用されていると言えます。
しかし、名誉感情は主観的な評価に依存しているため、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」が何を指すか判断しづらい問題があります。ここでは過去の裁判例を参考に、主な判断材料を見ていきましょう。
第一に、言葉自体の侮辱性が判断材料になります。
例えば「死ね」という言葉について考えてみます。「死ね」は相手の人格を著しく否定する言葉であり、侮辱性が強いと言えます。
このため、「死ね」という言葉単体であっても、社会通念上許される限度を超えると判断される傾向があるようです。
第二に、誹謗中傷の根拠が示されているかが判断材料になります。
根拠のない単なる意見や感想だけでは、社会通念上許される限度を超えるとは言えないと判断されることが多いようです。
第三に、誹謗中傷の投稿数が判断材料となります。侮辱発言を繰り返したり、何度も同じような内容で攻撃を重ねたりしている場合には、社会通念上許される限度を超えるとされる傾向があります。
冒頭に例示したように、「いいね」が名誉感情の侵害にあたるとした最新の最高裁判決でも、当該衆議院議員が繰り返し「いいね」をしたことが重要な考慮要素となりました。
名誉感情の侵害に当たる言葉とは?過去の判例を紹介
では、具体的にどのような言葉が名誉感情の侵害に当たるのでしょうか。実際の判例を元に解説します。
在日韓国人2世の父を持つジャーナリストが、X(旧Twitter)上で出自に関する侮辱を受け、人格権を侵害されたとして相手方に損害賠償を求めた。東京地裁は「チョン共」という差別的な表現により原告が受けた精神的苦痛を軽視できないと判断。被告に対し、慰謝料と弁護士費用合わせて33万円の支払いを命じた。
(東京地裁令和5年6月19日)
こちらは原告の損害賠償請求を認容した判例です。東京地裁は民法だけでなく、差別的言動解消法や人権差別撤廃条約などの関連法令を考慮要素としています。結果、「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」を認め、不法行為が成立すると判示しました。
ある不動産会社の社長が、匿名掲示板に投稿された「そのくせ,なぜトップ二人はぶくぶくと太ってるんでしょうね。」などの記事により権利を侵害されたとして、経由プロバイダに対して発信者情報の開示を求めた。
東京地裁は記載内容に加え、サイトの性質や匿名性を考慮し、「社会通念上許容される限度を超える」と判断。不法行為に基づく損害賠償請求権の行使には発信者情報が必要であることから、当該記事投稿者の電子メールアドレスを含む発信者情報の開示を命じた。
(東京地裁令和元年10月9日)
この判例は名誉感情の侵害を認め、損害賠償請求の前段階として発信者情報の開示を命じたものです。明らかに原告の不動産会社の社長を指しているとわかる投稿で、「ぶくぶくと太っている」などと行動や容姿を揶揄していることが考慮要素となったようです。
名誉感情を侵害した・された場合の法的措置
インターネット上で名誉感情を侵害された場合、「発信者情報の開示」「損害賠償の請求」「刑事告訴」などの措置を取ることが可能です。逆に言えば、他人の名誉感情を侵害してしまった場合、同様の請求を受ける可能性があるということになります。
ここでは、取り得る選択肢について詳細に解説します。
民法上あるいは刑法上の法的措置を検討するのであれば、発信者情報の開示を請求する必要があります。発信者情報開示請求権はプロバイダ責任制限法で規定されており、誹謗中傷の投稿者を特定するために利用できます。
投稿者を特定するにはまず、投稿の日時や場所、IPアドレスなどをサイト管理者に開示してもらいます。その情報を元に通信会社を特定し、投稿者の氏名や住所を開示させる流れとなります。
発信者情報開示請求は煩雑な手続きが必要となるため、弁護士などの専門家に依頼するとスムーズです。
相手方が特定できれば、損害賠償を請求する選択肢が生まれます。名誉感情の侵害は民法上の不法行為となりますので、不法行為に基づく損害賠償請求が可能です。
損害賠償の中でも、特に精神的な損害に対する賠償金を慰謝料と呼びます。一般的に社会的評価を低下させる名誉毀損の方が慰謝料が高く、主観的な評価の低下にとどまる名誉感情の侵害では慰謝料が低くなる傾向があります。
名誉感情の侵害による慰謝料の相場は数万〜30万円です。社会的な評価には響かないため、あまり高額な慰謝料は望めません。
ただし、著しく悪質な投稿であったり、精神的な疾患を発症したりした場合には慰謝料が跳ね上がることもあります。
刑法上の侮辱罪に該当する場合には刑事告訴をすることも可能です。侮辱罪が成立するには、主観的な評価の低下では足りず、誹謗中傷によって客観的・社会的な評価が低下した事実が必要になります。
事実の摘示があれば名誉毀損罪、なければ侮辱罪に該当する可能性があります。構成要件の判断には法的知識が必要なため、なるべく専門家に相談するようにしましょう。
名誉感情の侵害に困ったら弁護士に相談!
名誉感情の侵害は、誹謗中傷によって主観的な評価を傷つけられることを指します。軽微な内容であれば問題になりませんが、人格を否定するなど「社会通念上許される限度を超える」場合には民法上の不法行為となる可能性があります。不法行為と認められれば、相手方に慰謝料を請求することが可能です。
何の気なしに呟いた言葉だとしても、ある日突然、相手から慰謝料を請求されることだってあり得ます。被害者にも加害者にもなり得るのがインターネットの怖いところです。匿名性の高い場所でも、自分の振る舞いには責任を持つようにしましょう。
名誉感情の侵害は法的な判断が難しく、まだ判例も少ない領域です。SNSの「いいね」が不法行為として認定されるなど、今後の動向に注目が集まります。
時に大きな精神的苦痛を伴うこともある名誉感情の侵害。ひとりで抱え込まず、インターネット問題に強い弁護士に相談してはいかがでしょうか。